ベビーラッシュ(メーデーメーデー)


種を蒔き

雨が降るごとに
なにかしら
芽が出る

春と秋、好きです




本日アメリカがイスラム国に
空爆を開始したそうで
私は何のために
戦争放棄だなんだといって
種を蒔いているのか

そうして
散蒔いた種の在るところの
背の高い雑草とよばれるものを
すこうし刈り取る

まさに空爆ではないか


うまく生きれる方法をはやく見つけたいものです




またまた最近はまっている
ぶらりひょうたんより

「五月一日」

 芽が出るというのはうれしいことである。
芽出たい、といって祝う。

――メーデーとは何のことかと聞かれて、
あの通りどこもここも芽が出たじゃないかと笑ったら、
なるほどと合点されたのには弱った。
ばかなことはいうものではない。

 新居に移ったばかり、
庭のあちこちに何やら芽を出すのをみつけても、
葉にならぬ間はそれが何やらわからない。

近ごろになってやっと、これは芍薬だったか、
擬宝珠だったか、萩だったかと次々にわかって来た。
新世界が開ける感じでまことに愉快である。

 さて、どこの庭にもある木だが、八ツ手の葉を見ながらマルクスを思い出した。
妙な連想だが理由はある。
あの「共産党宣言」発表のときマルクスの朗読は、
極めて立派ではあったそうだが、
発音がすこしなまっていたのだそうである。
そのため「労働者」というドイツ語が八つの葉と聞えた。

「万国の八つの葉団結せよ!」何のことだかこれではわからない。
が朗読が終わると力強い拍手が起った。
わからなかった連中も、それとばかりに力強く拍手したというのである。
何か諷刺じみた作り話のようだが、
リープクネヒトが書き残していることだから決してデマではないだろう。

 話がわからんのに喝采する奴は衆愚だ、
とののしりたくなる人もあるかもしれぬが、
人間は相手を信頼するともう、
そのいうことなんぞはどうでもよくなるのである。

付和雷同は卑むべしというが、
政党などというものは雷同なしにうまく行くものではない。
つまりは白紙委任状を渡したことであって、
先発の旗振りによって進むから、
行列だって異状なしに行進できるものである。

 私もメーデーを観たことがあった。
中央の祭壇でだれやらが何やらと呶鳴っていたが、
拡声器がちゃちなためにちっとも聴きとれない。
でその辺の一同はしきりに雑談をし合っていたのだが、
やがて壇上の手があがると、キッカケで万雷の拍手。

――がこれはこれでよろしいのである。
メーデーは御祭礼であって、会議でもなければ研究会でもない。
お祭り騒ぎという言葉にはどこか非難がましい響きがありそうだが、
お祭りに騒ぎはつきものだろう。
おみこしはやっぱり威勢よく元気にいでくれた方がいい。
明るく楽しいお祭り騒ぎなればこそ、
赤旗の氏子でないものも今日はメーデーだと浮き/\するのである。
 だが田舎町の隅っこに引っこんでいる私には、ただの五月一日である。

高田保



蕎麦



餅大豆


南瓜自生


のらぼう菜


キャベツ


赤蕪



金時人参



白菜


大根



黒小豆


白おくら


新しい生命
誕生おめでとうございます

界隈はまだまだ
ベビーラッシュ

#現代百姓