日本解放



一体いつになったら時代は繰り返すのを辞めるのだろう、と
じだいのせいにもしてみたくもなるわけで。



スイカバタケを踏み壊す機動隊と、

スイカバタケどうすんだと叫び続ける百姓


(過去三里塚)



(2015現代日本)

原発反対、基地反対と叫ぶ民は

ヒステリーか?

他人ごとか?





ところでぜんぜんかんけいないけれど


311があろうとなかろうと
田舎暮らしに憧れて 移り住む層がいるのは
いつの時代にも
確かで
あらかた周りの友達も 完了した、り
その方向で暮らしている
というか大方そうなった

ここがマイノリティカルチャーで 育った人間の悪い癖で
上記の暮らしが 少なくとも周辺で流行ってるので 興味がなくなる、わけで


というか なんだ田舎での 自給自足って 結構誰でもできるんだ (勇気と体力があれば) というか感じにさえなってる
(逆に年齢や体力的疾患があると 町に帰ってくる)

そこで 偏屈仙人的生活は 田舎暮らしから 都会的自給自足に
移行してきたのではないか、と



実際畑のある村の (とはいえ街から30分ほどの 超便利な山中)
サヴァイヴァルな おっさん仲間は
街に住み 山中を開墾し 狩猟採集して 野菜肉米野草茶さえ 自給自足し始めている
そして圧倒的に違うのは 彼等はインターネットにあらわれない (とはいえ必要な知恵や検索はipadで済ます


このへんに 田舎暮らしをインターネットで発信するという
もはやメジャーになってしまった暮らしぶりに
ある種の抵抗感を感じ始めてしまってるわけで 都会的隠れ自給自足に魅力を感じるのはその辺り


マイノリティ心理というか どうやって闇に アンダーグランウンドのままでいれるかを 想像すると その辺の思考になってしまう時代

農民芸術の発信よね


と、いふようなことを 考えたり考えなかったりで ほんとは 今日明日の天気やら 季節の移ろいだけにしか 興味がなかったり



しなりしなり



とはいえ
かっこよくうつくしく田舎暮らしを楽しむ
仲間たちの発信を
よだれ垂らして
みていたりもするわけで
ほんとにものぐさたろう





きもちのよいせかいにしたいなあぁ:)