飯島耕一

一九五六年十月十一月
おれだってファシストになれるかも知れぬ。
ある日 おれは猛禽だった、きみの夢のなか。
容易に止まり木に落着かぬ火喰鳥か。
おれはやさしいつぐみのつもり。
ある日
おれはやさしいつぐみだった
きみの腕の湖のなか。
とはいえ おれは口中に
おそろしい毒をふくんでいたかも知れず
たけだけしい短刀(あいくち)を
懐に しのばせていたかも知れず。

やさしさと 凶暴さとが
おれの頭のなか
ぶんぶん羽虫のうなり声をあげ、
おれにしても
一人か二人の人間を
虐殺することづらいできるだろう。
冷えびえした血管の通路のなか、
薄明に動員された 奇妙にしずかな
ファシストの軍隊が、
大股で歩きまわり
勢よく廻れ右をする
まもなく一つの無辜の町を焼き払うため。

「ファシストとは」
と、狂気の聖職者はいった。
「労働者、学生、そして市民たちに
銃口を擬する者」

それにしても 戦闘帽をかぶった
悪童時代の幼いおれたちの魂
劫掠されようとしていた、
ファシストの秩序に。
冷えた畳のうえ
腹ばいになって
あまやかなチェロの音を聞きながら
昔、泥だらけの匍匐前進が
おれの血をたしかにひととき波うたせ騒がせたことを
思ってみる
おれたちは 人殺しの傭兵、
血のにおいに狂った十一月の朝空、
山を下りれば、ファシズトの町
あらゆる争いの
圏外にありたいねがい。
そして 怒りの感情は
なおも心臓ふかく突きささる。
夜をあいまいに溶かして行く
霧のにおいにむせびながら、
十月十一月、おれは
ここにいて呼吸し、
何ものかの呼びかけにふるえながら、
はげしく
一人を愛することを考える
猛禽か つぐみかは知らず。