song of the earth




4年とか経てくると (*3.11)
何周も巡った思考も
そろそろねじれきたりしてきて

「答えは出たので向かう途中」だったり
「道が違ってた」り
「道は合ってるんだけどゆっくり歩いていきたくなった」り
「教えてあげると押しつけの境界、から枝がはみ出た」り
「発言することへの危険妄想、に悩んだ」り



とにかく
社会的な善悪が普遍的ではない、ので
こんな感じにまっすぐ感情的に動かすプロジェクト、に
久しぶりに出会ったので
シェアしたいなあとおもってます



寄付と音楽や絵本の購入☟



福島の子供たちに、とか
なんか最近以前程関西では
頻繁に聞かなくなっていたので
あったかかったです



想い、のところは
うまく書けないので
rabirabiのサイトへ

なんか正式にレコーディングした感じの映像とか
近々upするらしいのでそのときにまたshere



さっき書いた高木正勝さんの
そう思ったのだけれど
実践的に世界を光に包むことが出来る音楽という作用
ってすげーなー思います。

どうも百姓作用に似ている気もしていて
大地にオンザグラウンドしていると
ヒトリジャナイサ (hitorijanaisa by goblow) ってこと
宇宙と自分の関連性に気づいてしまうのですが

音楽の場合はそれを瞬時に共有できるんですね
ありがてえ



昨日pikoさんとintellipunkさんと話していて
実質距離における
原子力と僕等民衆についての危機感の差
関西に来るとほんわりしている、といってた

そういえば三宅洋平さん、がとまりにきた時も
大学講演でまわった時に
関西の大学生はゆるかった、といってたかな



20年経るんですよね(*117)
当時其処にいたヒトリ、としては
また津波とは違うんだろうけど
ナントカナルサ
という気持ちがかなりある



だって
そのとき東灘区の少し高台の6階かなんかに住んでいて
どかーん、どかーんと揺れて
窓からみた街をみた時は

戦争かのように至る所から火が出て
(実際空襲だとおもってたしばらく)

人生で一番沢山の死体を一気にみて
(死体より路上で震えるよぼよぼの毛布かぶったばあちゃん、とかの方が記憶が鮮明)

水もなくて汲んだり
火をおこしたり
人生初のサヴァイヴァルですよ

「15年経るぐらいまでは
あの時の映像とかは怖くて泣いちゃう感じだった」から
心理的には違うのかもだけど
今思い返すと
中学生男子にとってのサヴァイヴァルは
すごく楽しかった



(震災とかのことを楽しかった、って言ってしまうことに対しての
悲しみの圧力は心して受けます)

とにかく「このまま一生サヴァイヴァルだと
覚悟したのに元通りに」(なってしまう、なったようにみえる)
という経験を経ているので

すこし違う時間がそこにはあるのかもしれない



ということが
311で揺れてないここ、
にもあるのかもしれない



という自分の体験も含めて

語り継ぐことの重要性、口伝え

を視野に入れた曲だそうです
と昨日話してました



最近移住とかツアーとかで色んな土地の人にあうので
117の話によくなるかも

あまり話さないようにする時期、とかもあるので
それこそ4年経たぐらいじゃねじれるよなあ



だいちが ふるえるとかいて 
じしんとよむ 
だいちが ふるえると 
みずのやまができる 
 
あのとき ちきゅうさんは 
なにに ふるえたんだろう 
なにが あふれたんだろう 
 
わたしたちにも あるよね 
ココロ ふるえる よる 
わたしたちにも あるよね 
ナミダ あふれる とき
 
 
だいちが ふるえるとかいて 
じしんとよぶ
だいちが ふるえると 
いしはおどりはじめる 
 
あのとき ちきゅうさんは 
なにと おどったんだろう 
なにと ゆれてたんだろう 
 
わたしたちにも あるよね 
ココロ ゆさぶる ゆめ 
わたしたちにも あるよね 
カラダ はじける とき
 
あのときなにを つたえたかったんだろう 
あのときなにを うけとったんだろう 
これからもっと みみをかたむけていこう 
これからもっと ココロかたむけていこう 
 
ちきゅうさんの こえ
ちきゅうの うた
それが Song of the Earth









おどるのすきすき

そういえば。
昨日の帰り道に何年か前に
畑に降りてきた預言を思い出したので。

ちきゅうは ほろびない