いまこそ



「善のネーション」、応答せよ「善のネーション」、応答せよ諸君、私は問いたいのだ。悪の衝動があるのなら、善の衝動もあるのではないかと。人は今、悪の衝動ばかりに目をむけ、恐れ、自分の中にそれを見出している。だが、諸君、私は問いたいのだ。悪の衝動があるのなら、善の衝動もあるのではないか。悪がこの世を覆うならば、善もこの世に充ち満ちるべきではないか。悪に狂わされる人間がいるのならば、同じように善に身をまかせる人間がいてよいのではないか。私はここに「善のネーション」の設立を宣言する。「善のネーション」はありとあらゆる衝動的な善を肯定する。「善のネーション」は自己の破滅をおそれずに、善を行う。あたかも悪を行う者が自己の破滅をおそれないように。すべての悪を撃破して、我々は進む。百万の軍隊も善を止めることなど出来ない。花を植えよ、道を清めよ、貧しさに与えよ、正しさを求めよ。同志よ、「善のネーション」よ!「善のネーション」はいかなる悪党をも受け入れ、彼らの衝動的な善を吸収するだろう。それはもはや宇宙の「法」である。「世界は鏡なり。心するがよい。この世界のすべてが鏡であり、それぞれのかけらの中で、幾百もの太陽が燃え立っているのだぞ。一滴の水を割れば、澄みきった大海原があふれ出るであろう。一滴の塵に目をこらせば、数限りないアダムの姿がみえるであろう」(イスラムの言葉より)「自分でかけた暗示のトリックに、自分ではまっちまったらおしまいだ。そいつは暗示のレールの上を一直線に走っていくだけさ。だから、暗示の外へ出ろ。俺たちには未来がある。」(「解体屋外伝」より)俺たちには未来がある!それはもはや宇宙の「法」である。「五大にみな響きあり、六塵ことごとく文字なり」(空海「文字実相義」より)東に病気の子があれば 行って看病してやり西に疲れた母あれば 行ってその稲を束を負い南に死にそうな人あれば 行って「怖がらなくてもいい」と言い北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い(宮沢賢治「雨二モマケズ」より)暗示の外へ出ろ。俺たちには未来がある!暗示の外へ出ろ。俺たちには未来がある!私はここに「善のネーション」の設立を宣言する。「善のネーション」はありとあらゆる衝動的な善を肯定する。「善のネーション」は自己の破滅をおそれずに、善を行う。あたかも悪を行う者が自己の破滅をおそれないように。すべての悪を撃破して、我々は進む。百万の軍隊も善を止めることなど出来ない。花を植えよ、道を清めよ、貧しさに与えよ、正しさを求めよ。同志よ、「善のネーション」よ!応答せよ。「善のネーション」、応答せよ。「善のネーション」、応答せよ。それはもはや宇宙の「法」である。暗示の外へ出ろ。俺たちには未来がある。
未来がある。