13日の金曜日

共通することば、さえ
捨ててしまえば
共同体である必要が
少しはなくなる、うえに
何か偉そう団体に
ことば、を監視されることもなく
また農的な日常生活に
まったく影響しないような
情報、に気をとられることなく
けれども過去や未来、に祈る
ことのできる時間、を忘れず
かつて
放射能やシステムからの逃亡を
東京市民に即したように
大阪市民も
はやく逃亡したほうがいいと思う
捕らわれるな囚われるな捉われるな
ここから
独立するのに
紙、は必要ではなく
また
ことば、も要らなくて
意識なのだが
人はそれぞれ
まったく別の人なので
いや
道もまったく別だし
もちろん
路上に咲く花など
いっぺんたりとも
まったく同じ
様相では
ないように
それはとっても
季節で、詩だ
詩、であると
毒は去る
かつての
彼岸花が
葉や
根を
そこに遺し
いまもなお
毒である
ように
護るべきものがあって
螺旋的な
防御本能であれば
美しく在るべきで
しかし
それがただ季節のひとときであるならば
誰の目にも止まらない
ひとしれず
美しんで
毒を遺してでも
次に繋ぐのも
また
フランスやレバノンで
突然生命を亡くしたひとびとの
写真が溢れてきた
沢山の、またはひとりの
人の生命が
その個人の意思によらず
奪われた時に
たくさんの制服を着た人間が
大使館を警備するのではなく
たくさんの蝋燭を持った個人が
祈りを捧げる、という
習慣だったはずで
とにかく
日本にしても
韓国にしても
世界のあらゆる、路上
路上が
権力に奪われている
路上は
解放されるべきである
救え、救え
ここぞとばかりに
思想をもって、祈る
いま
茱萸の樹が
黄色くなった葉を
落とし始めた