今日会った多くの人と
生きることや死ぬことの話をした
四季を見つめることと
死期を見つめることとは似ている
絶望していた冬から
春の光が希望をもたらし
夏の盛りは力に溢れ
秋が実りを授けて
冬が来てまた絶望する
かすかな光や二酸化炭素さえ
植物は新しい空気
すなわち第一酸素に変え
ぼくたちに 「生きる」を
生産し続けてくれる
それなのにぼくたちは破壊し
消費し続けて死んでゆく
ぼくたちは虫けらだということを
田畑で感じて学んだ
農耕を始めて以来
食糧となる植物の種を繋ぎ続けることが
ぼくたちの生きる価値だ
それは花粉を運ぶ虫と同じ存在
それは花粉を運ぶ風と同じ存在
四季を見つめ続けて朽ちる存在
死期を見つめ続けて朽ちる存在
なのにぼくたちは生が惜しい
あと何度出来るかわからない田植えに
あと何度出来るかわからない稲刈りに
あと何度あと何度と
もう少し生きてもう少し生きてと
自分自身である神に祈る
朽ちて土に還るだけなのに
誰かの作り話を生きるのはもうやめて
ぼくたちは新しい作り話を生きるべきだ
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