資源の奪い合いが起きない回路に接続する
今回の停戦で、エネルギーや物流の緊張がいくらか和らぐ可能性はあります。
ただ、天然ガスや輸送の不安定さはなお残っており、肥料や農業資材の高騰がすぐに解消される局面とは言いにくいようです。
農業資材や肥料の価格については、現場では大きな問題として語られていますが、
私の農園では資材や肥料を一切購入していないため、その変化を直接的に体感することはありません。
しかし、だからこそ見えてくることがあります。
それは、この数年の価格上昇が単なる一時的な出来事ではなく、構造として現れているのではないか、という点です。
肥料の原料となるリンやカリウム、窒素のもととなる天然ガス。
そしてそれらと同様に、ビニールハウスやマルチといった農業資材もまた、石油由来の材料とエネルギーに強く依存しています。
つまり、肥料だけでなく、
生産の前提そのものが外部資源に接続されているという構造です。
そのため、エネルギーや物流に変動が生じると、
肥料だけでなく、被覆資材や施設そのもののコストも連動して上昇します。
上流では資源の確保競争が起きており、
下流ではそれが価格として積み上がっていく。
その結果、現場では「奪い合い」のように感じられる状況が生まれます。
しかし実際には、資源を取り合っているというよりも、
同じものに依存していることで圧力が集中している状態と言えます。
この構造は、土壌の状態にもよく表れます。
外部からの施肥に頼る土壌は、一見安定しているようで、内部の循環が細くなりがちです。
有機物が減り、団粒構造が弱まり、水はとどまらず、微生物の働きも弱くなります。
その結果、外からの投入を続けなければ維持できない状態になります。
一方で、有機物が蓄積し、土の構造が整った土壌では、水はゆっくりと浸透し、微生物が連続して働きます。
栄養は固定されるのではなく、循環の中で保たれていきます。
ここでは、外部からの投入が減っても、土壌そのものが機能を維持します。
農業資材の高騰は、こうした性質を表面に引き上げています。
現在は補助金などによって一定の緩和が行われていますが、これは主にコスト上昇を一時的に吸収する仕組みです。
つまり、資材を購入し続ける前提のもとで、その負担を軽くするための制度です。
そのため、私たちのように資材や肥料をほとんど購入しない農のあり方は、
この枠組みの中ではほとんど対象になりません。
言い換えれば、
補助は依存している構造を前提に設計されており、その外側にある実践には届きにくいのが現状です。
依存している構造そのものが変わるわけではありません。
そのため、農業の中では少しずつ方向の違いが生まれています。
外部資源に依存しながら規模や効率で対応する方向と、
土壌や水、有機物の循環を基盤にして、外部依存を減らしていく方向です。
これは優劣というよりも、成立条件の違いです。
前者は短期的には安定しますが、外部の変動の影響を受けやすくなります。
後者は時間を要しますが、条件が整うと安定しやすくなります。
そしてこの違いは、農業の形にとどまらず、暮らし方にも影響を及ぼしていきます。
どこから食べ物を得るのか、誰と関係を持つのか、何を基準に選ぶのか。
その結果として、同じ社会の中に、異なる生活の層が並び始めます。
ここで問われているのは、資源をどのように確保するかではなく、
どの回路に接続して農を成立させるのか、ということのように思われます。
私の農園のように外部資材に依存しない場合、
価格の変動は直接的な問題として現れません。
それは特別なことではなく、
単に接続している回路が異なっているということです。
奪い合いとは、資源が足りないから起きているのではなく、
同じものに依存し続けることで生じた圧力とも言えます。
そう考えると、その解決は資源を増やすことではなく、
接続先を変えることにあります。
土に有機物を戻し、水の流れを整え、関係を切らないこと。
それは節約というよりも、
奪い合いが起きにくい状態を整える行為です。
いま起きているのは、農業の衰退というよりも、
その前提が少しずつ更新されている過程なのかもしれません。
その中で、資源の奪い合いが起きない回路に接続することは、
特別な選択というよりも、静かに現実に適応していくひとつの形であるように感じられます。
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